吉原遊郭の歴史から学ぶソープの原型

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元吉原と新吉原

男性が多い江戸の街

前述したように、男性が多い、当時の江戸の街。
現代のように娯楽の選択肢も多くないでしょうし、吉原遊廓の存在は、さぞ盛り上がっていたことだろうと推測できます。

そのような遊廓は、江戸だけでなく、各地に数多く存在していたそうです。
その潮流は、現在のソープ街の立地にも当てはまるところではないでしょうか。

当時の男性客の様子は、どのような感じだったのでしょうか。
一般的には、男性客は夜に遊廓に行き、朝まで過ごす流れだったようです。
現代なら、延長やらずいぶんとお金が掛かってしまいそうですが。
遊廓で一晩過ごし、男性客は朝に帰ります。

遊女は男性客が帰ってから、眠れる状態だったようです。
ということは、一晩中ほとんど眠っていないのでしょうか。
行為だけでなく、会話も充分楽しんでいたのかも。
というより、時間の流れる感覚が、当時と現代では、少し違うのかもしれません。

上級者の遊び方

もう少し上級の男性客では、ステイタスではあるけれども、やはり出費も大変だったようです。

美貌も教養も兼ね備えた遊女と遊ぶには、まず待合茶屋という場所に出向きます。
待合茶屋に遊女を呼んでもらい、そこで宴席を一席設けるそうです。
宴席の後で、やっと二人になる場所に移動することが出来ます。
二人きりになるまでに時間もお金も掛かり、大変そうですね。

そんなプロセスもあり、やっと仲良くなった遊女。
次回は他の遊女をご指名、というわけには、なかなかいかなかったようです。

かなり厳格な時期もあったようですが、それは時代と共に、だんだん緩くなってきたそうです。
たしかにルール的にはそうかもしれませんが、現代でも、女性としては指名をコロコロ変えられるのは、あまり気分の良いものではないかもしれません。


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